英語を勉強しようと思ったとき、頭に浮かぶ理想像とはどんな姿でしょうか。
ネイティブと対等に言葉を交わし、会議室でも物おじせず発言する。英語学習の本やYouTubeが見せてくれる「英語が話せる人」は、たいていそういう姿です。
私も長い間、そのイメージを目標に置いていました。だから何年やっても「まだ足りない」「もっと上手くならないと話せない」という感覚が消えませんでした。
外資系に転籍して10年が経ちます。TOEIC640点、海外経験ゼロのまま外資系医療機器メーカーのPMになり、英語の会議に放り込まれた元エンジニアです。
今も英語が劇的に上手いわけではありません。ただ、米国の上司から英語力を指摘されることはなくなりました。この記事では、その理由を書きます。
英語力より先に、信頼を失う場面がある
外資系の医療機器メーカーで顧客と向き合うとき、相手は検査技師や医師です。自分たちが毎日使う装置の動作を、現場で体感として知っている人たちです。
病院の検査装置は24時間稼働が前提です。装置が止まるということは、診断が止まるということです。患者の命を預かる機関にとって、それは致命的な事態になりえます。
だから顧客は、測定の精度だけでなく、エラーが起きたときの復旧手順、メンテナンスの頻度、トラブル対応の体制まで、あらゆる面で信頼できる相手かどうかを見極めようとしています。
その相手に対して、装置の測定原理を説明できなければどうなるか。信頼性設計の話ができなければどうなるか。英語が流暢かどうか以前の問題として、「この人に聞いても仕方ない」と思われます。信頼はそこで終わります。
これは医療機器に限った話ではありません。専門性の高いB2Bビジネスであれば、顧客は自分たちの業務に関わる製品を深く理解しています。
その顧客を前にして、英語だけ達者で製品知識のない人間が信頼を得られるはずがありません。英語力は、信頼を作る条件ですらないのです。
なぜ私がこの話をできるのか
外資系の医療機器メーカーで、プロダクトマネージャーに元エンジニアや元開発者が多いのには理由があります。
製品の測定原理や動作原理を理解していなければ顧客との会話が成立しない。英語が堪能でも、装置の中身を知らなければ顧客の専門的な問いに答えられない。だからエンジニアリングのバックグラウンドを持つ人間がPMに据えられることが多いのです。
私が開発部からPM部門に異動したのも、同じ文脈です。機械エンジニアとして製品開発に携わってきた経験が、PMとして顧客と向き合うときの土台になりました。
英語力は後から補えても、専門知識と技術的な背景は一朝一夕には身につきません。
PMとして信頼される条件
しかし、製品知識があれば十分かというと、そうでもありません。PMとして仕事を進めるためには、顧客だけでなく社内外のあらゆる部門に信頼される必要があります。
開発チームは、技術的な根拠のない話は聞きません。「顧客がこう言っていた」だけでは動かない。なぜその仕様が必要なのか、競合との差がどこにあるのかを技術的なレベルで説明できなければ、開発と対話できません。
競合装置がどのような技術で構成されているかを、開発者やサービスエンジニアと一緒に把握しておく作業が必要なのも、この理由からです。
製造・物流・品質の各部門も同じです。製造原価の構造を理解していなければ、ビジネスケースに現実味がない。各国の法規制を把握していなければ、市場投入の計画が立てられない。物流の制約を知らなければ、顧客への納期の約束すら根拠を持てない。
これらの知識は、それぞれの部門と信頼関係を築いて初めて手に入ります。
営業は顧客の課題と市場の動きを理解している人間でなければ一緒に動きません。サービスエンジニアは現場で装置と向き合っている人たちです。エラー復旧やメンテナンスの実態を知らないPMは、彼らの目に「現場をわかっていない人間」として映ります。顧客への信頼性の説明も、現場との信頼関係なしには成立しません。
これら関係部門に信頼されて初めて、英語が多少たどたどしくても会議が成立する状態になります。製品の議論が始まったとき「この顧客が気にしているのは性能ではなく生産性の話だ」という見当がつく。その読みをもとに一言返せる。これが経験のない若手との差です。
英語はその中身を届ける器にすぎない
Britain’s Got Talentというイギリスの人気オーディション番組で、日本人エンターテイナーの岩崎圭一さんがゴールデンブザーを獲得した映像があります。「Keiichi Iwasaki BGT」で検索すると出てきます。
彼が使うのはシンプルな単語と短い文章で、発音もアクセントも日本語話者のものです。でも会場の誰一人として「英語が下手だ」とは笑っていません。
数千人の観客が笑い、感動し、立ち上がっています。彼が届けたのは手品の技術と、会場全体を包み込む存在感でした。英語はその中身を届けるための器にすぎない。器の精度より、中身の力が圧倒的に上回っていたのです。
ビジネスの場に置き換えても同じことが言えます。私たちが届けるべき中身は、製品知識であり、顧客の課題への理解であり、提案の根拠です。それが揃っていれば、英語の不完全さは二次的な問題になります。
オープンマインドは入口
グローバル企業で働く人たちは、ネイティブでもノンネイティブでも、基本的にオープンマインドです。初対面でも物おじせず話しかけてくれる。言いよどんでも待ってくれる。聞き取れなければ素直に聞き返してくれます。
娘が通う学校には東南アジア出身の先生もいますし、会社にはさまざまな国の英語話者もいます。みんなアクセントにクセがある。でもコミュニケーションは成立しています。
ただ、このオープンマインドは入口にすぎません。
会話を重ねるうちに専門性のなさが透けてくると、相手の態度はじわじわと萎んでいきます。質問への答えが浅い、技術的な議論についてこられない、競合との違いを説明できない。
そうなると、どれだけ場を和ませるのが上手くても、ジョークが言えても、萎んだ態度が戻ることはありません。
つまり、英語で場をつなぐ技術は信頼の代替になりません。オープンマインドな相手が最後まで話を聞いてくれるかどうかは、英語の流暢さではなく、その人間が何を知っていて何を届けられるかで決まります。
英語より先に積むべきものがある
英語の勉強を始める前に、一つ考えてほしいことがあります。
今あなたがいる仕事の領域で、競争力のある専門知識を持っていますか。顧客や社内の誰かに「この人に聞けばわかる」と思われている領域が、一つでもありますか。
あるなら、そこを徹底的に積み上げることが先だと思います。英語はその中身を届けるための器です。器を磨くより先に、届けるべき中身を作る。中身が揃えば、たどたどしい英語でも会議は成立します。
英語の会議で黙り続けることが上司にとって何を意味するか、具体的な立ち回り方については外資系の英語会議についていけない人へに書きました。
専門知識を積みながら、今の自分の英語で場に出る。その両輪で動くことが外資系で生き残る現実的な道だと思っています。
会議での具体的な動き方については、英語力が低いPMがカオスな議論を生き延びる方法に書いています。

