幼児期の自然体験の効果とは。娘が『遊園地よりここがいい』と言った日

キャリア・英語
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都心で子育てをしていると、教育に対する親の意識が高いことに気付く。小さい頃から習い事が多く、自由な自然遊びの機会が場所の面でも時間の面でも少なくなっているように思う。

しかし、子どもたちを観察しているうちに、習い事や管理された時間が増えることで失っているものがあるのではないかと感じ、我が家では意識的に自然の中に連れ出すようにしている。

都心にある自宅から車で1時間とかからない場所に、田んぼと竹林が広がる農家がある。実家にいる母が長年お世話になっている家から筍が出始めているとの声を聞き、今回も家族でお邪魔させてもらった。

筍を一人で抜くまでの30分

竹林に入って筍を探し始めるが、既に大きくなった筍ばかりが目に付く。食べごろの小さな筍は地面をよく見ないと見つからない。

倒木や起伏のある険しい竹林を登っていくと、長女が小さな筍を見つけた。彼女には少し重すぎるシャベルで周囲を掘っていくが、なかなか思うようにいかない。

10分ほど周囲を掘り続け、そろそろ抜けそうと思うくらいにはグラグラしていたが、最後の一歩がどうしても抜けない。奥でつながっている根っこに何度シャベルを挿入しても切れない。

横から手伝おうかと声をかけても、自分でやると言い続けた。イライラしながら何度もやり方を変え、20分くらい格闘してついに取れた。

普段すぐ諦める長女が、自分でやるから手を出さないでと言った。そんな姿を見たのは久しぶりだった。

好奇心はどこに向かうか

筍を探し回って、十数本収穫して満足した後、農家の方の案内で畑に行った。

畑の周囲には若い淡竹がにょきにょきと顔を出しており「足で蹴れば簡単に折れるから、やってごらん。あく抜きしなくてもそのまま味噌汁に入れて食べられるよ」。

それを聞いた次女が試しにやってみた。山で取った筍とは違い、簡単にポキポキ収穫できるのが面白いらしく、折って、皮を剥いて、また折ってと大量の淡竹を収穫した。

子どもは放っておいても好奇心を持つ。東京の公園でもダンゴムシを見つけて遊び始める。でもその好奇心がどこに向かうかは、隣にいる大人が何を知っているかで変わる。

経験のある大人と、自然と、子どもの好奇心。その三つが揃った時に何かが起きる。その考えを言語化してくれた本がある。

私が高校生の時に読んだレイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」だ。嵐の夜に2歳にもならない大甥のロジャーを抱いて海辺に降りていくと、荒波の中で二人は笑っていた。森を一緒に歩くうちに、誰も教えていないのに植物の名前を覚えていく。

子どもの好奇心は、整えられた環境ではなく自然の中でこそ育つということを、その本から学んだ。

畑で刈り取った草を燃やす野焼きの煙が上がった瞬間、娘たちは大はしゃぎだった。小さな水路に葉っぱを流すだけで面白いと言っている。興味の対象は尽きない。

なぜこの時間の優先度を高くしているのか

自然体験が子どもに与える効果は、数字では見えにくい。でも今日の娘たちの様子を見ていれば、何かが育っていることはわかる。

仕事や習い事が忙しいほど、こういう自由な探究の時間は後回しになる。週末は習い事、平日は仕事や送迎。気がつけば子どもと一緒に土を触る時間がない。

ただ私は、幼児期は勉強より遊びの方が大事だと思っているから、この時間の優先度を高くしている。

その土地を管理する高齢のご夫婦が、ニコニコしながら私たちに言った。「こんな私たちにとって何気ない日常のことでも、子どもたちにとっては楽しいんだねぇ。うちの孫たちなんかもう全然興味も持たない」

自然の中に子どもの好奇心を刺激するものがある

そこに住む人にとっては見慣れた風景でも、その価値が見えないのかもしれない。でも都会に住む子どもの目には違う。

竹林も、田んぼも、水路も、野焼きの煙も、全部が初めて触れるものだ。自然の中には子どもの好奇心を刺激するものが、至るところにある。

「今年はブルーベリーの花がたくさんついてるよ」と聞いて、娘は今から収穫を楽しみにしている。

単に自然で遊ばせているわけではない。同じ場所に季節を変えて何度も来ることで、子どもの中に継続的な問いが生まれる。

オタマジャクシが蛙になる過程を自分の目で見る、去年より蛍が多いか少ないかを確かめに来る。その積み重ねが、教室では作れない経験になると思っている。

子どもたちは、普通の感性なら嫌がる虫や寄生虫に強い興味を持っている。それは小さい頃からこうやって自然に触れてきたからかもしれない。

この感性を大事に守り、さらなる探究心を育てるためにこの場所を探究のフィールドにしていきたいと考えている。竹林、田んぼ、水路、蛍が飛ぶ環境。生き物の観察場所としてこれ以上の条件はないし、この土地のことを知り尽くした人がいる。

次回は野菜の収穫、オタマジャクシ、蛍を見に来る予定だ。夏にはカマキリを捕まえて観察する。ザリガニや水生昆虫も取りに行くだろう。

帰る時間になっても、まだ遊んでいたいと言っていた。「来週もまた連れてきて」と、次に来るのを待ちきれない様子だった。

習い事や管理された時間の中では育ちにくい、自分から動く力と本物の好奇心。ここでの体験がその土台になっていると感じている。

同じ場所に季節を変えて通い続けながら、子どもたちに何が育っていくのか、どんな効果が現れるのかをこれからも記録していくつもりだ。