「パパ、怒ってない?」6歳の娘が親の顔色を窺う異常事態。私が小学校受験を捨てた理由

Education Strategy
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ある朝、目が覚めてスマホを見ると、Teamsのチャットに「Congrats!」の文字が並んでいた。

日本時間の早朝に行われていたグローバルマーケティングチームのミーティング。昨夜の業務が響いて欠席してしまったのだが、その不在の会議の中で私が何やら表彰されたらしい。今年の一年を通じた行動姿勢が、組織に良い影響を与えたということで。

普段は時差があろうと出席しているが、今日だけは体が追いつかなかった。それでも、日頃のアウトプットや姿勢が評価され、成果として認められた。場所に縛られず、本質的な価値で評価される。これは現代のビジネスマンとしてありがたい環境だ。

しかし私が早朝に起きれなかった結果、いつもはスクールバスで登園する6歳の次女を車で送っていくことになった。車内での彼女は、一時期に比べて随分と表情が明るくなった


最近まで、彼女は小学校受験の只中にいた。

私は元々受験には反対だったため、最低限のサポートしかしないと決めていた。だからこそこの数ヶ月間、受験準備が彼女をどう変えていくかを、一歩引いた場所で冷静に観察してきた。

変化はここ数ヶ月で顕著に現れたように感じる。最大の変化は、彼女が親の顔色を窺い、自己主張を控えるようになったことだ。

終わりの見えないペーパー学習の時間に「勉強したくない」「遊びたい」と本音を漏らせば適当にあしらわれ、模試の点数が悪いと目に見えて落胆される。大人の期待に応えられない空気が、彼女を委縮させる。

その繰り返しの中で、6歳の彼女は「自分の欲求は出してはいけない」と学習してしまったのだろう。

私が何より危機感を覚えたのは、小さい頃から彼女が安心を求めてねだっていた「抱っこ」を、あまり言わなくなったことだ。以前なら無条件に求めてきたのに、明らかに「今ならいけるか?」「パパは怒っていないか?」と私の顔色を観察し、安全を確認してからでしか言わなくなった。

6歳の子供が、親に対して心理的安全性の確認作業を行っている。この異常さに気づいた時、私の我慢は限界に達した。だから受験が終わった今、私は彼女を回復させることに必死だ。


彼女は今、IB(国際バカロレア)スクールの発表会に向かって練習を続けている。ここでは正解を押し付けられることはない。自分たちで劇を作り上げ、長い英語と日本語のセリフやアクションを覚えていく。

ある日、セリフがうまく言えず、先生に「あなたならできるはず」と背中を押された娘が泣いて帰ってきたことがあった。直後に先生からはフォローがあった。「彼女が今取り組んでいるのは、英語の長く難しいセリフなんです。とても頑張っています。」と。

その言葉通り、彼女の行動は私を驚かせた。 泣いた後、彼女はまだ覚えきれていないセリフを自分で紙にメモし始めたのだ。

まだアルファベットも完璧に書けない。帰りの車の中で見せてもらったその紙は、解読するのがやっとの「なんとなくこんなことかな」というレベルの文字だった。

しかし、私を感動させたのはその中身ではない。「悔しいから自分で書いて覚える」という自発的な姿勢そして私に合ってるかチェックしてほしいと頼んでくる姿勢だ。強制された受験対策では、決して見せなかった姿だった。

そして次の日、彼女は満面の笑みで帰ってきた。 「うまく言えて先生に褒められた!」と。

泣くほど悔しい思いをして、信じて見守られ、自分で乗り越えて、最後に認められる。 これこそが教育の本質だろう。親の顔色を見て正解を探す作業とは根本的に異なる。

今朝の車内で、彼女は自信に満ちた顔でセリフを暗唱していた。 スクールに着き、迷いなく歩いていく背中を見送った。地球の裏側からもらった「Congrats!」のメッセージよりも、この解読不能なメモの方が私にとっては遥かに尊い成果物だ。

小学校に通う3年生の長女は、次女のこの環境を見て「羨ましい」と口にする。 実は長女もまた、かつて同じPYP(IBの初等教育プログラム)の環境で育った経験がある。

彼女は知っているのだ。「問い」を歓迎されリスクテイクを促される世界と、小学校のように「規律」と「正解」を求められる世界の違いを。彼女の「羨ましい」という言葉は、かつて自分が持っていた翼を奪われた人間の切実な実感なのだろう。

小学校が悪いわけではない。ただ「正解」を効率よく出すことが求められる環境では「失敗」はコストと見なされがちになる。一方で、次女がいるIBの世界では、失敗こそが最大の開発行為だ。

学びを駆動させる「土壌(OS)」が全く異なる

「失敗は許されない」というOSの上でカリキュラムをこなすのか。 「挑戦して失敗しても安全だ」というOSの上で探究するのか。私が小学校が始まる前の貴重な幼児期を、受験などに費やしてほしくなかった理由はここにある。

人生のベースとなるOSが構築されるこの時期に、大人の顔色を窺い、正解を探すような古いOSをインストールしてほしくはなかったのだ。


これからの時代AIには出せない価値は、自らの意思で掴み取る洞察にしかない。親にできることは、子供のOSが健全に育つ環境を提供し、時にはシステムに生じる歪みから守ることだ。

私がすべきなのは、テストでの高得点や合格を求めることではなく、彼女たちが安心して全力を出し、失敗できる「安全基地」を守り続けることだ。

これを「競争からの逃避」と見る人もいるかもしれない。だが、私からすれば「既存システムへの過剰適合」こそが最大のリスクだ。

スキルの価値も手段の価値も激変する10年後の世界で、今の偏差値や国内大学を基準にキャリアを設計するなど私には怖くてできない。既存の枠組みを利用するのではなく、子供が興味を爆発させる環境を新しく生み出すのをサポートしていくことだ。

学びを駆動するのは強制ではない。好奇心と探究心こそが、彼女たちを突き動かす最強のエンジンになる。

また、このように子育てを最優先にするために、私は仕事の時間を効率化で確保しています。その具体的な仕事術はこちら。

この記事を書くきっかけになった本

この記事で触れた「心理的安全性」という概念は、元々はGoogleのチーム分析などで有名になったビジネス用語です。しかし、私はこれを家庭にこそ適用すべきだと痛感しました。

私が受験というシステムに疑問を持ち、娘との関係性を見直す上で、理論的な支えとなったのがこの本です。 「なぜ、恐怖によるマネジメントは失敗するのか」。 部下のマネジメントに悩む方だけでなく、子供の顔色が気になり始めたご家庭にもぜひ読んでほしい一冊です。

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