「毎朝6時に起きて1時間勉強する」 「週末はカフェで3時間集中する」
小さな子供を持つ親なら、このような学習計画がいかに無力で脆いものか、痛感しているでしょう。
子供の夜泣き、突然の発熱、兄弟喧嘩、登園直前の行きたくない攻撃、そして自分自身の体調不良。育児のある日常において、計画通りに進むことなどほとんどありません。
計画を立てては崩れ、そのたびに「今週もできなかった」と自分を責める。 この挫折と自己嫌悪のサイクルこそが、共働き家庭における英語学習の最大の敵です。
私は41歳の外資系PMであり、2児の父です。 以前の記事「「英語力」ではなく「生存能力」を磨こう」でも書きましたが、私はTOEIC満点を目指すような高尚な学習はとっくに捨てました。
代わりに採用したのが、状況の変化に即応する「アジャイル型」の学習スタイルです。 今日は、私が常にカバンの中に忍ばせている「3つの神器(ツール)」と共に、隙間時間を攻略する「環境構築」**の極意を紹介します。
1. 計画はしない、準備だけしておく
育児中の学習において重要なのは、「いつやるか」を決めることではありません。
いつ時間が空いてもいいように、常に武器を携帯しておくことです。
子供がテレビに夢中になった6分間。 寝かしつけで奇跡的に早く寝落ちしてくれた夜。 外出先で子供がベビーカーで寝た瞬間のカフェタイム。
こうした時間は、計画的ではなく突然発生することが多いでしょう。 その瞬間に「えーと、何を勉強しようかな?」とスマホで検索したり、テキストを探したりしていては手遅れです。探している間に子供は泣き出し、貴重な時間は消滅します。
もちろん、根本的な時間の捻出については「精神論では時間は作れない。共働き家庭を「チーム化」する時間戦略」で解説した通り、夫婦のシフト制などが有効です。
必要なのは、やる気や時間が生まれた瞬間に、待ち時間なしで英語にアクセスできる環境です。
2. 戦略:自分のHP残量で武器を持ち替える
もう一つ大切なのは、その時の自分の体力(HP)に合ったツールしか使わないと割り切ることです。
疲れている時に難しい文法書を読んでも、頭に入らないどころか、英語を見るのも嫌になります。
私はカバンとスマホの中に、負荷レベルの異なる3つのツールを常備し、その瞬間のHPに合わせて使い分けています。
Mode A(HP 5%程度):思考停止でも維持する耳のインプット
日常の9割を占める、カオスで疲労困憊の状態です。
子供が騒いでいる、満員電車で揉まれている、あるいは仕事と家事で脳が死んでいる夜。
ここでは「文字」は読みません。目も使いません。耳だけを使います。
【装備例】Podcast: BBC Learning English (6 Minute English)
- なぜこれか: タイトル通り、たった「6分」で完結するからです。 1時間を確保するのは不可能でも、6分なら「駅までの徒歩」や「皿洗い」の間で確保できます。難しい英語もあまり出てこないので、聞きやすいコンテンツです。
- 使い方: Podcastアプリに入れておき、聞き取れなくても気にせずBGMとして流します。 目的は「勉強」ではなく、英語のリズムを脳から消さないこと。イギリス英語の会話を聞き流すだけで、英語回路のメンテナンスは完了です。
Mode B(HP 50%程度):関心のある領域を英語で深掘りする
少し余裕があり、知的好奇心を満たしたい時のモードです。
通勤電車で座れた時や、昼休みの少しの時間。 ここでは「英語の勉強」はしません。
「自分の興味ある分野の情報収集」を英語で行うだけです。
【装備例】興味のある分野の論文・レポート(PDF/紙)
- 今の私の愛読書: “New PISA results on Creative Thinking: can students think outside the box?” (OECD) (PISAの創造的思考に関する調査結果)
- なぜこれか: 私は日本の教育や「探究学習」に強い関心があります。 英語学習用のテキストは退屈ですが、自分が知りたいデータやトピックであれば、知らない単語があっても文脈で推測でき、苦痛なく読み進められます。
- 使い方: 印刷してカバンに入れておくか、タブレットに入れておきます。 「英語の勉強」だと思うと辛いですが、「最新の教育トレンドを知りたい」という欲求があるため、辞書なしでも意外と読めてしまいます。 これこそが目指すべき「実務家の英語(ツールとしての英語)」の姿です。
Mode C(HP 80%):静寂の中で英語に没入する
週に一度あるかないかの「奇跡の時間(静寂)」です。 早朝に一人だけ起きられた、パートナーが子供を公園に連れ出したタイミング。
ここで初めて、スマホを置き、体系的な「紙の本」を開きます。
【装備】Business Vocabulary in Use: Intermediate (Cambridge)
- なぜこれか: 日本の受験用単語帳ではなく、世界中のビジネスパーソンが使う「世界標準」のテキストだからです。 特に私が「Intermediate(中級)」を選んでいるのがポイントです。難しい単語は使わず、ビジネス現場で頻繁に使われる「コロケーション(語と語の組み合わせ)」が体系的に網羅されているからです。
- 使い方: これはスマホでは代用できません。紙の質感を感じながら、左ページの解説を読み、問題を解く。自分の気づきをペンで書き込む。 この「没入感」こそが、知識を血肉に変えます。この時間は、学習というより贅沢品です。
3. 補足:週に一度のふりかえり(Retrospective)
どんなに仕組み化しても、子供が熱を出したり仕事が炎上したりして、1週間なにもできない時はあります。
そんな時は、自分を責める代わりに、週末に5分だけ振り返りを行います。
- Keep(できたこと): BBCだけは通勤中に聞けた。→ これは続けよう。
- Problem(課題): カバンからテキストを出すのが億劫で、Mode Bが稼働しなかった。
- Try(次なる一手): テキストをKindle版に買い替えてみようか? それとも当該ページだけコピーしてバッグに入れておこうか?
アジャイル開発の真髄は、計画を守ることではなく、うまくいかなかった時にやり方を修正することにあります。
努力不足を反省するのではなく、「仕組み(環境)」を修正する。
このサイクルさえ回っていれば、英語力は確実に前へ進んでいます。
4. まとめ:カバンの中身が生存戦略だ
「今日は何もできなかった」と落ち込む必要はありません。
カバンの中に、この3つのレベルのツールが入っていれば、それだけで準備完了(Ready)です。
- 疲れている時は、BBCを6分だけ流す。
- 電車で座れたら、PISAのレポートを1段落だけ読む。
- 時間ができたら、Vocabulary in Useを広げる。
状況に合わせて武器を切り替える。 このアジャイルなスタイルこそが、予測不能な毎日を戦うパパ・ママにとっての、最強の生存戦略です。
まずはカバンの中に「興味のある論文」と「好きな文法書」を放り込むところから始めてみてください。



